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第75話 毒

last update Last Updated: 2025-08-28 14:10:39

 静かな夕食の席は一気に騒然となった。

「ミカエラ? ミカエラ⁉ ミカエラ!!!」

 突然、赤く染まったテーブルに驚いて、アイゼルはガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

 ミカエラは隣の席で、うめき声を上げながら血を吐き続けている。

「どうして⁉」

 白い肌を赤い血が伝い落ちていく。

 アイゼルは、椅子に座ってテーブルに突っ伏しているミカエラの体を起こしながら、動揺するままに叫ぶ。

「誰か! 医師を呼んでくれっ!」

 アイゼルの腕の中で、ミカエラが呼吸するごとに血を吐いている。

 赤いドレスは血に染まってもじっとりと濡れていくだけで色は変わらない。

 しかし、ただ事でないことだけはハッキリとしていた。

 ざわつく食堂を、料理長がヒョコッと顔を出して覗く。

「何があったんだ?」

 メイドが困惑した表情で首を振る。

「分からないわ」

 衛兵が眉をひそめて言う。

「毒のようだ」

「えっ? 食事に毒が?」

 料理長がギョッとした表情を浮かべた。

「だってココは王族の……」

「ああ、国王陛下も召し上がられるし、王妃殿下や王太子殿下のお食事も……」

 給仕がコソコソと言うのに衛兵も厳しい表情を浮かべた。

「大変だ! 王族の方々はご無事か?」

 料理長が騒ぐと、衛兵が安心させるように言う。

「ミカエラさま以外はご無事だ」

「どうしてこんなことに……」

 料理長はハッとすると、慌てて調理場へ取って返して「何にも手を付けるな! そのままで! 洗い物もやめろ!」と叫んでいる。

 さっきまでは静かすぎて人形のようだった使用人や護衛たちが騒ぎ出した。

 ザワザワと声を出しているが、どうしたらよいのか分からずにウロウロするばかりで落ち着かない様子だ。

 国王が立ち上がって使用人たちに指示する。

「まずはミカエラを医務室へ。汚れたテーブルも片付けろ」

 衛兵や使用人たちが口々に叫びながら動き始める。

「担架を持ってこいっ!」

「誰か宮廷医師をお連れしろっ!」

 衛兵たちが叫びながら動き始めた。

 メイドや給仕も自分たちの仕事をし始めた。

「雑巾を……モップを……」

「ああ、こんなことって……食器を……ああ、血まみれだ」

 不吉で不穏な血の色に動揺しながらも、使用人たちは動いていた。

 王妃だけはいつもと変わらぬアルカイックスマイルを浮かべ、椅子に座ったまま冷静に周囲を見渡している。

「こ
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